市民と科学者の内部被曝問題研究会(略称:内部被曝問題研) Association for Citizens and Scientists Concerned about Internal Radiation Exposures (ACSIR)

内部被曝に重点を置いた放射線被曝の研究を、市民と科学者が協力しておこなうために、市民と科学者の内部被曝問題研究会を組織して活動を行うことを呼びかけます。

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Independent WHO主催「ジュネーブ・フォーラム」の報告

  ――放射線防護に関する科学者と市民のフォーラム


『日本の科学者』(Vol.47 No.9 September 2012)より

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Independent WHO主催

「ジュネーブ・フォーラム」の報告

  ――放射線防護に関する科学者と市民のフォーラム

牟田おりえ


2012年5月12~13日にジュネーブで Independent WHO(WHO独立を求める会)主催の標題のフォーラム(副題は「チェルノブイリからフクシマまで」)が開催された.チェルノブイリの放射能被害についての報告,ICRPのリスク・モデルと最近の研究結果との乖離などの発表を経て,参加者全員で「科学者・政治家・市民:現在と未来への共通アクション」が討論され,最後に共通アクションが採択された.

キーワード:内部被曝(internal exposure to radiation),放射線防護(radiation protection),WHO独立を求める会(Independent WHO),疫学調査(epidemiological survey),原子力ロビー(nuclear lobby)

はじめに

 標記フォーラムにはヨーロッパ中から 200人余が集まり,日本からの報告者 4人を含める 20人ほどの報告発表があった.「日本の汚染状況の全体像とチェルノブイリの衛生上の影響」「内部被曝に対する放射線防護」「政府当局による惨劇の管理と社会における影響」「市民社会:チェルノブイリとフクシマの後」というテーマに分かれて行われた.

 2日目は参加者・発表者全員参加で,医療・政治・市民活動に分かれて,「現在と未来への共通アクション」が討論され,最後に6個の「共通アクション」が採択された.

 休憩時間には,日本に寄付をしたいというドイツの市民団体の方,除染の専門家として技術提供などの協力をしたいというオーストリアの専門家,3.11以前は日本に関心がなかったが「フクシマ」というブログを立ち上げて日本の情報を流しているというフランスの若者などが日本からの報告者のもとに集まり,ヨーロッパの市民の関心の深さに感銘を受けた.以下に主催者とフォーラムの趣旨,主要発表について,順に報告する.

1   Independent WHO(WHO独立を求める会)

(1)フォーラム開催の理由

 Independent WHOは,フォーラム開催の直接の理由として「フクシマの大惨事」以後,日本の研究者や市民が原子力ロビーに属していない外国の専門家から,情報や助言を求めていることから,チェルノブイリとフクシマに関する知と経験を共有し「公的機関のデータと実際の経験および原子力ロビーに属していない研究者の理論的モデルを比較する」1ことをあげている.

 その背景には「半世紀にわたって,チェルノブイリやフクシマのような核の惨事がもたらす健康被害が,核の平和利用を世界に広めることを目的とするIAEA2やICRP3をとおして各国政府・原子力産業界・国際機関によって隠蔽されてきた」ことがある.

 WHO4はこの隠蔽の共犯者である.1959年に IAEAと結んだ協定によると,WHOは IAEAの許可なく,原発事故で影響を受けた市民の救助や情報提供・研究などをすることができない.その上,WHOは「放射能と健康」部門を 2年前に廃止してしまった.2011年5月に Independent WHOはWHOの事務局長・チャン博士に会見を申し込み,この部門廃止という許しがたい事実を確認した.

(2)IndependentWHOの設立準備

 Independent WHOは,複数の個人と NPO団体が設立したが,その中心人物の一人ミシェル・フェルネックス博士(バーゼル大学医学部名誉教授)は,長年 WHOの専門委員として感染症研究に携わってきた.チェルノブイリ事故後,すぐに WHOが調査と救助に入ると思ったが,まったく動かないことを訝しく思い,WHOと IAEAの協定を知ったという.

 ドキュメンタリー映画『真実はどこに?-WHOとIAEA放射能汚染をめぐって』5(2004)で,フェ ルネックス博士らと WHO,IAEAとの激しい議論が展開されているが,この問題がフクシマに続き,ICRPのリスク・モデルが内部被曝と外部被曝の違いを区別しないために,汚染地域に住む人びとの発症率と死亡率を否定することにつながっているという.

 Independent WHOの目的は,WHOが IAEAなどの原子力ロビーから完全に独立し,憲章に掲げる,世界のすべての人びとが必要な情報を得るための援助ができるようにすることである.2007年から,メンバーや賛同者がジュネーブの WHO本部前で,週末を除く毎日 8時から 18時までヴィジー(Hippocratic Vigil)と呼ばれる無言デモ(プラカードを前に下げて立つだけ)を続けている.

 フォーラム参加者は,11日の記者会見後に WHO本部前に移動して,ヴィジーに参加した.私たちが首から下げたプラカードには「フクシマ WHOのもう一つの隠蔽チェルノブイリとまったく同じ」(Fukushima WHO COVER UP just like Tchernobyl)と書かれていた.

2   チェルノブイリの被害についての報告

 フォーラム 1日目冒頭に,ジュネーブ市のパガーニ前市長(6月に再選)が挨拶したが,WHOが原発推進派であることが,ジュネーブ市がフォーラムを支援する理由であり,このような世界的連携によって原子力をなくし,地球を守りたいと明言した.フォーラム主催者は,当初,市に助成金申請をしたが叶わず,招待報告者は自費での参加となった.しかし開催直前に市から助成金がおりて,参加者の宿泊費は出るようになったという.

 チェルノブイリ事故から 26年後の被害状況について,ヤブロコフ,バンダジェフスカヤ,バンダジェフスキーの各博士らが報告した.

(1)アレクセイ・ヤブロコフの報告

 ヤブロコフ博士は,生物科学の専門家でロシア科学アカデミー顧問,そして『チェルノブイリ―大惨事が人びとと環境におよぼした影響』(ニューヨーク科学アカデミー刊,2009)の筆頭著者として知られる.フォーラムでは「チェルノブイリの生物医学的影響の多様性」と題して,次のように報告を始めた.

 チェルノブイリ大惨事の影響を明らかにするのは,異なる追加被曝を受けた地域の人びとの健康の変化を比較することによって可能なこと,この比較方法は ICRPや UNSCEAR(国連科学委員会)の方法よりずっと正確であること,彼らの方法は実際の被曝を過小評価し,許しがたいほどの不正確な算出方法による平均化された線量に基づいていることなど.

 そして,原発ロビーの専門家たちは,チェルノブイリの影響に関して,人体の健康に対する影響は統計的に見れば取るに足らない数値だと言ってきたが,数年後に甲状腺がんを認め,その後白血病の発症率が増加していることも認めるに至った.

 博士が特に注意を促した点は,チェルノブイリ事故による放射性物質の約 57%が旧ソ連以外に降り,ヨーロッパと西アジアの人びとの健康に甚大な影響を与えていることである.

 子どもの死亡率が北欧・西欧諸国で同時に増加したことは,放射能汚染以外に説明がつかない.ヨーロッパとトルコでは先天性障害児の顕著な増加,スウェーデンでは放射線量の高い地域で,他の地域に比べて,がんの発症率や死亡率が増加していることも,放射性物質の影響の例だという.

 もう 1点は,放射能汚染による影響の現象として,1987年以降,ヨーロッパ各国で女子の出生が統計的に顕著に減少していることだという.

(2)ガリーナ・バンダジェフスカヤの報告

 「チェルノブイリ原発事故後のベラルーシの子どもたちの健康状態」という報告をしたバンダジェフスカヤ博士は,小児科医・心臓病専門医で,ユーリ・バンダジェフスキー夫人でもある.

 ベラルーシの被曝状況の最も重要な点は,被害の 70%が内部被曝によるものだと冒頭で報告した.26年たった今も,汚染地域に住む人びとの健康状態については「問題のまま,解決もされず,ほとんど知られることもないままです」と訴えた.

 2000年以降 2011年まで, 18歳以下の子どもの数は減り続け,出生率は上昇しているのに,死亡率は 2008年の 13.8%から 2010年の 14.4%へ上昇しているという. 2009年にはベラルーシの就学児童 100万人のうち健康な子どもは 26.7%というデータを示した. 2010年に汚染度が最も高いゴメリ市とモギレフ地区の子どもに多く見られるのが,内分泌系・循環器系の疾患と腫瘍だった.

 ミンスクの医療統計データによると, 2004年から 2011年にかけて,心血管疾患を発症する子どもの数は 2倍以上に増加したという.過去 10年間の子どもの心臓病のパターンに変化が見られ,先天性心臓奇形の子どもが増加している.心臓病専門の小児科医が今心配しているのは,子どもの不整脈の問題で,慢性化し突然死に至るからである.

 汚染地域に住み続けている子どもには,目と視力関係の病気が 3倍に増えている.博士は「 1国の政府がすべき最も重要な義務は,子どもと青少年の健康を守ることです.これらの子どもたちが国の経済の可能性を決定し,その国の人口増加能力があるかどうかを決めるのです」と締めくくった.

(3)ユーリ・バンダジェフスキーの報告

 バンダジェフスキー博士は日本でもよく知られているが,フォーラムでは「ウクライナのイヴァンコフ地区の放射能汚染の土地における生命システムのモデル」と題して報告した.「長寿命体内放射能症候群( SLIR)」に,特に注意しなければいけないという.

 セシウム 137が体内に入ると,複数の主要臓器と代謝システムに取り込まれ,多大な影響を及ぼす.ゴメリ市立研究所の研究結果( 1990-99)によると,セシウム 137の蓄積が 50Bq/kg以上になると,子どもたちにこの症候群の症状が現れる.

 当局がこの症候群を認めないために,汚染地域の住民には適切な医療が与えられていないという.そのため,博士は「エコロジーと健康」というプロジェクトを立ち上げ,国際社会に協力と援助を求めている.

 どんなに少ない線量でも,セシウムが体内に取り込まれると健康に害を及ぼすので,体内に取り込まない方法を構築する.例として,汚染地図を作成し更新する,住民と食物の放射線管理,安全な食物の供給と体内のセシウム除去のための食餌療法,集団的放射線防護の情報の提供,国際社会への情報提供,適切な医療体制の構築,放射線による心臓疾患の子どもの回復,安全な食物の生産組織の構築などである.

 この発表の中で博士は,予定している医療施設の写真を示したが,工場の廃屋のような場所で,テーブルと流し台以外何もなく,いかに設備が不足しているか,こんな所で医療や研究ができると思うかと,激しく訴えたのが印象的だった.

3   放射線防護方法と疫学調査について

 ベルラド放射線防護研究所長のアレクセイ・ネステレンコ博士(前掲のニューヨーク科学アカデミー刊『チェルノブイリ』共著者)は,「ベルラド研究所の放射線防護の実施要領とベラルーシにおける子どもたちの汚染地図」と題して,高汚染地域に住む子どもたちを被曝から守るためのいくつかの取り組みを紹介した.

 その一つは,あらゆるデータを集めて「放射線─エコロジー地図:人間と放射能」を作成し,最新のデータ( 2008~ 11年)を加えて,子どもたちのセシウム 137による被曝を明らかにした.現在では 30万件以上の測定結果を集約しているという.

 また,ペクチンの服用と前後の WBC(ホールボディー・カウンター)測定によって,セシウムの蓄積を 3~ 4倍減らせることを証明したという.同時に放射能に関する教育と,調理方法の伝達とならんで,最低年 2回の保養が子どもたちの内部被曝による被害を軽減するのに必要だと強調した.

 ベルラド研究所の副所長ウラジーミル・バベンコ氏は,「チェルノブイリからフクシマ―放射線防護の実用ガイド」と題する報告の冒頭で「チェルノブイリとフクシマでは,同じ問題と失敗が見られ,人類は何も学んでこなかったことを示している」と悲観的だった.旧ソ連と日本では政治形態も自然も文化も違うが,まったく同じ失敗をしているという.

 放射線被害について知識のない日本人のために『自分と子どもを放射能から守るには(日本語版特別編集)』6を 2011年秋に出版した.

 ECRR(欧州放射線リスク委員会)の科学担当委員のクリス・バズビー博士は「市民のための小さい地域でのがん疫学」という報告の中で,疫学調査で病気と汚染源との関係が明らかになると,巨大企業が糾弾されたり閉鎖されたりするために,政府は調査を実施しないか,結果を公開しないため,市民による小規模疫学調査を提唱している.その内容・選択の理由・方法論・実証例(イギリス,ウェールズ,アイルランド,イラク)などを示した.

 筆者は,他の日本からの参加者とともに,休憩時間にバズビー博士から調査方法の詳細を伺い,福島でもぜひ実現するようにと助言をいただいた.

4   日本からの報告

 日本から招待された報告者は 4人だったが,「汚染の拡散状況,事故後に現れた最初の兆候」を発表予定だった木村真三氏は当日欠席だった.松井英介氏は「内部被曝による低線量に関する日本の研究」について,丸森あや氏と岩田渉氏は「フクシマ後の市民の独立した主体的行動」と題して,市民放射能測定所の活動を紹介した.

 「放射能から子どもたちを守る福島ネットワーク」の地脇美和氏は, 2011年 3月 11日から福島県内で何が起こったかを市民の視点から詳細に報告した.政府と県によって汚染の実態が隠され続けた結果,「子どもを被曝させてしまった,自分が無知だった」と後悔する母親の話,福島市が「避難は経済を縮小させるから,除染でいく」と,子どもたちを避難させない方針であること,郡山市の市民と子どもたちが「避難の権利」を求めて「ふくしま集団疎開裁判」を提訴中であることなどについても報告した.

 発表後に集まってきた参加者には,涙を浮かべて励ます女性,汚染されていない食物をと,自家製ジャムを日本人参加者全員にくださったフランス人農家の方など,チェルノブイリ被害を経験しているヨーロッパの人びとの思いやりが伝わった.

5 「福島の失われた時間」

 第 1日目の発表はこの他「情報を市民が自分の手にすること」「放射線被曝はなぜ過小評価されてきたのか」「広島/長崎後になぜ原子力が日本に導入されたか」「ヨーロッパは放射能防護に 何をしているか?」などがあり,ミシェル・フェルネックス博士の標題の発表で締めくくられた.

 博士は,放射線によって引き起こされる「ゲノムの不安定性」による遺伝子損傷が世代を経るごとに深刻化することに注意を喚起した.犠牲者は子どもであり続けること,チェルノブイリ後に増えた子どもの I型糖尿病その他の症例をあげ,疫学的・医学的調査研究を小児科医・遺伝学者・疫学者が継続して行う必要性を訴えた.

 博士は,ぜひこのことを日本の市民と科学者に訴えたいと,フォーラム直後に自費で日本に向かい,各地で講演会や交流会を行い,福島では市民の心配の声に耳を傾け,医師との対話を行い,その真摯な対応に多くの人が励まされた.

おわりに-成果をひろめるために

 最終日に採択されたのは(1)WHOと IAEAの協定を改め, WHOが放射能と健康に関して独立性を持つ,(2)ICRPの放射線防護に関する現在のモデルと,国家によるその使用を告発する,(3)政府行政に放射能被害者を援助させるための法的措置を検討する,(4)信頼できる情報を広めるための国際ネットワークの構築などであった.

 原発事故による放射線被害の解明については,国際的連携が不可欠だと痛感したフォーラム参加であった.フォーラムの Proceedingsは現在,各言語に翻訳中で,筆者も翻訳作業を担当しているが,多くの方々に読んでいただきたいと思う.

<注および引用文献>

1)“ Why organize such a forum”,“ SCIENTIFIC AND CITIZEN FORUM ON RADIOPROTECTION: FROM TCHERNOBYL TO FUKUSHIMA,Abstracts-Résumé + Presentation and Programme”,pp.2-3.;ホームページ掲載, http://independentwho.org/en/

2)IAEA:International Atomic Energy Agency(国際原子力機関)

3)ICRP:International Commission on Radiological Protection(国際放射線防護委員会. 1950年に発足)

4)WHO:World Health Organization(世界保健機関)

5)日本語版 DVDの購入問い合わせ先:市民と科学者の内部被曝問題研究会・医療部会(muta.orie@gmail.com)

6)辰巳雅子訳,今中哲二監修,世界文化社発行

 (むた・おりえ:岐阜大学名誉教授,文学)

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