市民と科学者の内部被曝問題研究会(略称:内部被曝問題研) Association for Citizens and Scientists Concerned about Internal Radiation Exposures (ACSIR)

内部被曝に重点を置いた放射線被曝の研究を、市民と科学者が協力しておこなうために、市民と科学者の内部被曝問題研究会を組織して活動を行うことを呼びかけます。

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シンポジウム『8.17政府広報に異議あり!』ご報告

2014年9月15日



2015年9月15日に シンポジウム『8.17政府広報に異議あり!』 が開催されました。

当日発表された「8.17政府広報批判文書」を掲載します。

2014.9.15_8.17政府広報批判(pdf,15ページ,1374KB)

◆日時  2014年9月15日(月) 14:00~17:00
◆会場  上智大学12号館203教室
◆記者会見
あいさつ  島薗 進(上智大教授 )
問題提起 松崎道幸(旭川勤医協院長 )
     岡山 博(元東北大臨床教授 )
     生井兵治(元筑波大教授 )
     沢田昭二(名古屋大名誉教授)
◆シンポジウム 参加者による自由討論


IWJの記事と映像
2014/09/15 放射線に関する政府の全面広告・安全キャンペーンに科学者や医師が真っ向から批判


OurPlanetTVの記事と映像
「8.17政府広報」に異議あり!シンポ
「8.17政府広報」に異議あり!シンポジウム(1)
「8.17政府広報」に異議あり!シンポジウム(2)
「8.17政府広報」に異議あり!シンポジウム(3)


UPLAN映像
20140915 UPLAN【前半・緊急記者会見】8・17政府広報に異議あり! 政府こそ放射線について正しい知識で被災者を救済すべきだ
20140915 UPLAN【後半・シンポジウム】8・17政府広報に異議あり! 政府こそ放射線について正しい知識で被災者を救済すべきだ

 

 

専門家・研究者による会見・シンポジウム

政府は被ばく被害を過小評価せず被ばく回避に努めよ

2014年8月17日付「政府広報」に対する批判

2014年9月15日 上智大学12号館203教室


 安倍晋三政権の復興庁、内閣官房、外務省、環境省は、2014年8月17日、「放射線についての正しい知識を。」と題する全面広告の政府広報を「読売」「朝日」「毎日」「産経」「日経」各大手紙朝刊と、地方紙「福島民友」「福島民報」、「夕刊フジ」(18日付)に出しました。内容はIAEA(国際原子力機関)保健部長レティ・キース・チェム氏と東大医学部付属病院放射線科准教授中川恵一氏の講演概要です。

 各紙発行部数から推測すると、およそ2400万の読者の手元に届いたことでしょう。ちなみに、今年度の政府広報予算は約39億円です。3.11以来、福島の子どもに甲状腺がんとその疑いが100人を超え人々の不安が全国的に広がるいま、この政府広報は今日の科学研究の成果からみて見過ごせない誤りが多数見られ、人々に放射線被ばくを強いるものです。そこで、中川氏の講演概要から六つの誤りを指摘します。

 私たちは、今日の科学研究の成果と予防原則に則り、政府に対して、東電福島第一原発事故(以下、福島原発事故)による放射能汚染と放射線被ばくによる健康被害を軽視または隠蔽することを直ちにやめ、広域で綿密な健康調査と脱被ばく・被ばく低減対策を喫緊の最重要事業として進めることを求めます。政府は、「放射線について正しい知識を。」の誤りを認め、市民が脱被ばくを語りにくい状況をつくる方針を廃して被ばく低減対策を徹底し、市民の人格権を守ることに尽力するべきです。

 

もくじ

1.原爆被爆の遺伝的影響について ・・・・・・・・・・・・・(2)

2.鼻血問題について ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(3)

3.100ミリシーベルト以下の発がんリスクについて ・・・・・(5)

4.外部被ばくと内部被ばくについて ・・・・・・・・・・・・(6)

5.甲状腺がんについて ・・・・・・・・・・・・・・・・・・(7)

6.わずかな被ばくなのか ・・・・・・・・・・・・・・・・・(9)

まとめ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(11)

別表・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(12)

政府広報 中川准教授の講演概要(数字は本文と対応)・・・・・(13) 

 

1.原爆被爆の遺伝的影響について

 

    (中川氏の発言。以下同) 

 「原爆被爆の遺伝的影響はなかった」と断言していますが、間違いです。放射線影響研究所(日米共同研究機関;放影研)の結論の趣旨は「影響はなかった」ではなく「影響があるという結論を出すことは今の時点ではできない」です。

その理由1

 政府機関(放影研)のデータは、内部被ばくを無視し両親の外部被ばく量の違いだけをもとに被爆二世の遺伝的影響を検討した結果で、事実上総被ばく量が若干少ないグループと若干多いグループを比べただけという誤った手法によるものです。

 放射線被ばくによる遺伝的影響を心配する人たちが多い理由は、「メディアの報道の仕方」に問題があるのではなく、科学的事実をありのままに伝えてこなかった政府と「専門家」の姿勢に問題があるためです。常に政府や行政の説明は、心配し注意すべきことにはほとんど触れず「被ばくを心配するな、気にするな」という立場で貫かれています。政府による「この程度の被ばくを心配するな」という説明を人々が信じなくなっている最大の理由は、政府と「専門家」が被ばくの心配につながる事実を隠蔽するか過小評価する解説をして、被ばくによる被害を避けようという意見を無視・抑圧し、自由に話題にしにくい状況を政府自らがつくっているからです。

 科学的な調査による分析結果として影響がないということと、調査が不充分なために影響があるのかないのか分からないということは全く別のことですから、不十分な調査結果から影響がないと断定することはできません。

 放射線の遺伝的影響は、今では常識です。野村大成大阪大学名誉教授の一連の研究などにより、低線量でもDNA突然変異が増加し、かつ遺伝子の傷は後代に引き継がれることが分かっています。原爆被爆者の子孫に、奇形による自然流産や白血病などが増えていることも分かっています。原爆被爆者の先天的障害が増えるという報告もあります。例えば、2013年10月17日の韓国ハンギョレ新聞は、韓国慶尚南道の陜川(ハプチョン)に住む原爆被爆者(一世・二世・三世)の調査で、被爆者の子女23%が先天性奇形または遺伝的疾患を持っていると報じています。

その理由2

 原爆被爆者の子どもさん(被爆二世)ががんなどの病気にかかりやすいか否かの解明には、彼らが老年になるまで数十年以上の追跡調査が必要です。多くの被爆者ががんや心臓病などを発症するのは被爆60年後からであることが、臨床的に解明されています。まだ追跡期間が足りないことは、放影研の次の言葉からも明らかです。

「放影研では、寿命調査(LSS)集団に属する被爆者の子供で、1946年5月から1984年12月までに生まれた人について、死亡率およびがん発生率を追跡調査している。この集団の年齢は、2007年の時点で23歳から61歳の範囲にあり、平均年齢は47歳である。これまでの調査結果によると、20歳以前あるいは20歳以降におけるがん発生率またはがんおよびその他の疾患による死亡率の増加は観察されていない。しかし、この集団における疾患のほとんどは今後発生すると思われるので、疾患発生に及ぼす親の原爆放射線被曝の影響に関して結論を導くためには、今後更に長期間の追跡調査が必要である。」http://www.rerf.or.jp/radefx/genetics/mortalit.html

 被ばくによる遺伝子損傷の9割は第二世代以後に発現します(『チェルノブイリ原発事故がもたらしたこれだけの人体被害:科学的データは何を示している』(IPPNWドイツ支部著、松崎道幸監訳、合同出版、2012)。胎児の遺伝的欠陥による死産・流産など被ばく後早期に発現するものでも、放影研の誤った手法では検出できないでしょう。

 

2.鼻血問題について

 鼻血については、某漫画で取り上げられ論争を巻き起こしました。少なくない福島の人々が、事故後に鼻血を経験したと述べておられます。しかし、政府広報は、がんの治療のために鼻に「7万ミリシーベルト(mSv)」近く照射しても「鼻血が出た方を一人も見たことがありません」と言う中川氏の治療体験を示していますので、福島原発事故による放射線被ばくで鼻血が出る訳がないと全否定しています。

 原発事故による放射線被ばくは、がんの外部照射治療と根本的に違います。今回の事故では炉心溶融に伴って生成された直径0.5~2.6マイクロメートル(μm)程度の放射性微粒子が無数に拡散され、呼吸によって鼻粘膜(現実には、肺胞にも)にびっしり付着し得たと考えられます。なぜなら、足立光司ら(K. Adachi et al. Scientific Reports Volume: 3, Article number: 2554 : 2013.8.30.)と阿部善也ら(Y. Abe et. al. Analytical Chemistry 10.1021/ac 501998d, 2014.8.1.)によれば、2011年3月14、15日、つくば市内において直径約2 μmで不溶性の放射性セシウム含有球形ガラス状微粒子(ホットパーティクル)が多数採取され、Cs137+Ca134の放射線量は 6.58Bqだからです。この微粒子には、ジルコニウムやウランや鉄なども含有しています。

 この放射性微粒子1個には、500億個の放射性セシウム原子が含まれ、それらの周囲に飛程1ミリメートル(mm)のベータ線が大量に発射されますから、ごく狭い範囲が高密度のベータ線を被ばくします。これで鼻血が出る可能性を推測できます。鼻血が被ばくの影響か否かは、被ばく地域と非被ばく地域の小学校などでアンケート調査を行い、鼻血を出した生徒数や鼻血の頻度・時期を比べ、さらに傍証のため動物実験をすれば分かります。しかし、政府や「専門家」は調べようとしません。

 調査しないで「福島原発事故による放射線被ばくでは鼻血はありえない」と断定することは、医学的にも論理的にも誤りです。「鼻血を心配するのは神経過敏で話題にするのは悪質な扇動だ」との政府広報は、発言の自由と安全を脅かすものです。

参考:セシウムを含んだ放射性微粒子が大気中に浮遊している現実を示す
イメージングプレート像(西尾正道氏提供)

 

 

 

3.100ミリシーベルト以下の発がんリスクについて

 政府の放射線被ばく対策は、建前としては最新の科学的知見に基づいています。 

「東電福島第一原発事故による放射性物質汚染対策において、低線量被ばくのリスク管理を今後は一層、適切に行っていくことが求められる。そのためには、国際機関等により示されている最新の科学的知見やこれまでの対策に係る評価を十分踏まえるとともに…」(原子力委員会 低線量被ばくのリスク管理に関するワーキンググループ報告書 平成23 年12 月22 日 太字引用者

  しかし、福島原発事故後3年以上経った今も、首相官邸の専門家グループは「最新の科学的知見」を無視し、「国際的にも100mSv以下の被ばく量では、がんの増加は確認されていません」と繰り返しています。100mSv、否10mSv以下の被ばくでもがんのリスクが明らかに増加する事は、10ミリグレイ(mGy = mSv)の胎内被ばくで小児がんが有意に増えることを証明したDollとWakefordの論文(Doll R, Wakeford R. Risk of childhood cancer from fetal irradiation. Br. J. Radiol. 1997 Feb; 70:130-9.)などで科学的に決着済みです。病院などのX線撮影室の入口に、かならず「妊娠の可能性がある方は、必ず申し出て下さい」という掲示がある所以です。

 最近でも、100 mSvをはるかに下回る放射線被ばくによっても、がんが有意に増加する事を示した研究が次々に発表されています。以下にその一部を示します。カナダで心筋梗塞の診断と治療のために血管造影検査などの放射線検査を受けた約8万人を5年間追跡した結果、10 mSvの医療被ばくで3%がんリスクが有意に増えていました(2011年)。日本の原発労働者20万人の追跡調査では、10 mSv被ばくするとがん死リスクが有意に3%増加していました(2011年)。イギリスの小児白血病患児2万7千人では、累積自然放射線被ばく量が5 mSvを越えると1 mSv毎に白血病のリスクが12%ずつ有意に増加していました(2010年)。数多くの研究が100 mSv以下の被ばくでがんが有意に増加する事を証明しています(p.12 別表参照)。

 これら最新のデータから、被ばく量とがんリスクの関係を計算すると、日本政府とICRPは、実際の発がんリスクを一ケタ近く小さく見積もっています。放射線被ばくによるがんの危険は、一ケタ大きいという前提で対策を講ずる必要があります。放射線被ばくに関する様々な「許容基準」も10倍近く厳しくするべきです。

 ドイツの専門家たちは、福島の中通りで今後50年間の累積被ばく線量が数10mSvに達すると推定しています。大人のがんは1~2割増え、放射線感受性の高い子どもの発がんリスクは何割も増えるおそれがあります(T Christoudias and J Lelieveld. Modelling the global atmospheric transport and deposition of radionuclides from the Fukushima Dai-ichi nuclear accident. Atmos. Chem. Phys., 13, 1425-1438 (2013))。

  

4.外部被ばくと内部被ばくについて

 福島原発事故は、放射性微粒子がPM2.5(2.5 μm以下の微少粒子状物質)の大気汚染のように全国に拡散して被ばくをもたらします。ですから、呼吸や食事によって体内に取り込まれた放射性微粒子が体の中にとどまり、長期間アルファ線やベータ線を周囲の細胞に放射して細胞を傷つける内部被ばくの可能性もあります。しかし、アルファ線やベータ線はホールボディカウンター(WBC)では検出できませんから、WBC検査で「内部被ばくはゼロだった」と言われても、実際は体の中では、アルファ線やベータ線が細胞を大きく傷つけている可能性があるのです。

 政府広報は放射性セシウムを例示しますが、体内に取り込まれた放射性微粒子中のセシウムは「体を突き抜け」るガンマ線のほかに、周辺の細胞にベータ線を発射して細胞を傷つけます。ベータ線による内部被ばくは核医学の基本知識です。放射線で傷つくのは、遺伝機構の担い手のDNA(遺伝子)だけではありません。エネルギー生産などを担うミトコンドリアなど細胞内小器官も傷つきます。すると、生理機能がそこなわれ様々な慢性疾患が発症します。これも分子生物学の常識です。 

 

5.甲状腺がんについて

 政府広報は、福島では甲状腺がんは増えないと断言しています。珍しいことに、政府がいつも引用するWHO(世界保健機関)の見解と対立しています。

 WHO(2013)の福島原発事故による発がんリスクの推計では、被ばく15年後、1才児は、浪江町レベルの被ばくにより、1万人に1人(男性)から3千人に1人(女性)が甲状腺がんを発症するとしています。福島市レベルの被ばくでは、浪江町の3分の1程度のリスクになります(下図)。WHOは、被ばくから15年後には、浪江町でも福島市でも甲状腺がんが明らかに増加すると述べているのです。


【出典】WHO: Health risk assessment from the nuclear accident after the 2011 Great East Japan earthquake and tsunami, based on a preliminary dose estimation

http://www.who.int/ionizing_radiation/pub_meet/fukushima_risk_assessment_2013/en/

 ここで大きな問題があります。被ばくから3年経たないうちに、すでにWHOの予測した15年後発がんリスクに匹敵する頻度で福島の子どもたちに甲状腺がんが発見されていますが、被ばくから甲状腺がん発生までの期間(潜伏期間)としては短すぎないかということです。しかし、決して短すぎることはないようです。

 子どもの甲状腺がんの最短潜伏期間(発がん因子への曝露後最短何年で発生するか)は1年であると、CDC(米国疾病管理予防センター)が述べています。

米国国立科学アカデミーのレビューによれば、発がん因子曝露後の小児がん(白血病・リンパ腫以外)の最短潜伏期間は1年である。
【出典】 http://www.cdc.gov/wtc/pdfs/wtchpminlatcancer2013-05-01.pdf
“Minimum Latency & Types or Categories of Cancer” John Howard, M.D., Administrator World Trade Center Health Program, 9.11 Monitoring and Treatment, Revision: May 1, 2013,

 ベラルーシでは、チェルノブイリ原発事故の2年後から統計学的に有意な小児甲状腺がんの増加が始まりました。

【出典】 http://www.rri.kyoto-u.ac.jp/NSRG/reports/kr79/kr79pdf/Malko2.pdf
Chernobyl Radiation-induced Thyroid Cancers in Belarus
Mikhail V. MALKO
Joint Institute of Power and Nuclear Research, National Academy of Sciences of Belarus
Krasin Str. 99, Minsk, Sosny, 220109, Republic of Belarus:  mvmalko@malkom.belpak.minsk.

 甲状腺がんで最も潜伏期の短い症例は、被ばく後1年で発がんしていました。

【出典】 http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC1356259/
Ann Surg v.239(4); Apr 2004 PMC1356259
Latency Period of Thyroid Neoplasia After Radiation Exposure
Shoichi Kikuchi, MD, PhD, Nancy D. Perrier, MD, Philip Ituarte, PhD, MPH, Allan E. Siperstein, MD, Quan-Yang Duh, MD, and Orlo H. Clark, MD
Surgery, UCSF Affiliated Hospitals, San Francisco, California.

 以上の知見は、原発事故の1、2年後に小児甲状腺がんが増えることを全否定することが非科学的であることを示しています。

 中川氏は内部被ばくに触れず、「100 mSv以下の被ばく量ではがんの増加は確認されていないことから、甲状腺がんは増えない」と述べていますが、これも誤りです。

 チェルノブイリ原発事故後のウクライナ小児甲状腺がん患者の半数では、甲状腺被ばく線量が100 mSv未満だったことが公表されています(次ページの図)。しかも、チェルノブイリ原発事故後の甲状腺がんの多発は内部被ばくによるものです。

図 ウクライナ小児甲状腺がん症例の甲状腺被ばく線量(Tronko MD et al. Thyroid carcinoma in children and adolescents in Ukraine after the Chernobyl nuclear accident: statistical data and clinicomorphologic characteristics.  Cancer. 1999 Jul 1;86(1):149-56.)

 福島の検診で発見された甲状腺がんが放射線被ばくと関係があるか否かについて、もう一つ参考となる事実を示します。自然発生の子どもの甲状腺がんは女子にずっと多い(男女比が1対5前後)のですが、放射線被ばくが原因となったチェルノブイリの小児甲状腺がんの男女比は1対1.6~2.0でした。いっぽう福島で発見された子どもの甲状腺がんの男女比は1対1.1~1.6でした。これは福島の小児甲状腺がんと放射線被ばくとの関係を非常に強く示唆する所見です。

 たとえ、従来のがん生物学の一般的知見にもとづき、放射線被ばくの影響と断定しない場合でも、それを全否定はできず、長期的な検診体制の構築は喫緊の最重要課題です。しかし、日本政府は、放射線による甲状腺がんの発生を否定し今後の検査の必要性まで否定する政府広報を出しましたが、人権擁護と予防原則に則り、直ちに上述の正しい知見を真摯に検討し長期的検診体制の構築に取り組むべきです。


6.わずかな被ばくなのか

 中川氏が、「わずかな被ばく」では被ばくの健康影響はとても「わずか」だと見積もった認識と対応を前提にして、福島の住民には明らかな健康被害は起きていないし、これからも起きないと断定していることは、見過ごす事ができません。

 政府発表の人口動態統計をもとに自然死産率を求めると、高線量の茨城・福島・宮城・岩手のみ、福島原発事故後9ヶ月から有意に12.9%増えています(下図)。それ以外の日本の地域でこのような増加は見られていません。

 政府は、食品放射線量の暫定規制値(500Bq/kg)や新基準値(100Bq/kg)を定め、これ以下の値の食品は「ずっと食べ続けても安全」としています。しかし、福島原発事故前は、原発内ではセシウム137が100Bq/kg以上のものは「低レベル放射性廃棄物」として管理・廃棄が厳重に規制されていました。ですから、人々が食品の摂取による放射線の内部被ばくを心配することは当然でしょう。放射性物質など有毒物質が食品に混入の可能性がある場合には、「危険かもしれないと考えて、無害であると分かるまでは危険を避ける」ことは、危険回避、安全教育の鉄則だからです。

 2001年、IAEA(国際原子力機関)は、チェルノブイリ原発事故による放射線被ばくの健康障害の調査に基づき、「統計的に確定できた障害は若年甲状腺がんだけであり、それ以外の障害は被ばくを恐れる精神的ストレスによる」と結論づけました。ウクライナ政府や、ヨーロッパ諸国の研究機関は、このIAEAの見解に対して「被ばく障害の現実を過小評価している」と強く批判しています。「被ばくを心配するなと説明し、不安による精神的ストレスを減らすことが国や地方自治体のするべきこと」という政府の基本方針に根本的問題があります。

 チェルノブイリ原発事故後、ベラルーシでは、小児腫瘍の罹患率が100倍に増えました。いくら貧困や衛生状態の悪化が発生しても、それだけで数年後に平常時の10~100倍もの小児腫瘍が発生することはありません。小児腫瘍の増加がチェルノブイリ原発事故に伴う放射線被ばくによってもたらされたことを強く示唆しています。このことは、福島原発事故にどのような意味を持つでしょうか。福島の子どもたちの放射線被ばく量がチェルノブイリの10分の1であると仮定しても、福島の子どもたちの小児腫瘍が被ばく前の10倍に増える可能性があると考えなければなりません。放射線は低線量でも、血管内皮細胞に大きな負の影響を与えます。IAEAは認めませんが、非がん性の慢性疾患の増加が認められることはチェルノブイリ原発事故でも確認されていることです。しかも、福島県全体の人口密度はベラルーシのゴメリ州全体の約3倍なのです。

 放射線被ばくは、がんだけでなく、脳卒中、心臓病をはじめとした全身の様々な病気および次世代への遺伝的影響を増やすことが、多くの調査で発表されています。現在、福島などで事故前の10倍以上の空間線量の地域に住んでおられる地域の方々には、がんだけでなく、心臓病・脳卒中・呼吸器疾患など全身の様々な病気が増える心配があると考えなければなりません。すでに死産率と甲状腺がんの増加が観察されています。加えて、放射線被ばくの健康リスクをとても小さく見積もる誤った政策のために、線量の高い地域で暮らし続けるあるいは、線量の高い地域に帰還するなどの政策がすすめられています。

 福島事故の放射線被ばくによる健康被害は決して「わずか」に留まるとは考えられません。  3. で示したように、福島の中通りなど高線量地域に住み続けた場合の健康リスクは大きくなるおそれがあります。

 

まとめ

 2014年8月17日付各紙に掲載された政府広報(復興庁、内閣官房、外務省、環境省)の『放射線についての正しい知識を。』は、IAEA(国際原子力機関)保健部長のレティ・キース・チェム氏と東大医学部准教授の中川恵一氏の講演概要を大々的に報じました。

 中川氏の講演には、現代の放射線科学の諸成果を無視した誤りが目立ちます。日本では、被ばくの影響を小さく見せようとする「専門家」だけを重用する役所と政治家が、福島原発事故による放射線被ばくの人体や環境に及ぼすリスクを過小評価した被ばく対策を作り、回避できる被ばくを逆に増大させています。

 安倍晋三内閣は、人権擁護と予防原則に則り、放射線被ばくの健康被害を隠したり過小評価したりする一部の「専門家」の意見だけを重用することを直ちにやめ、今日の研究成果に基づき、被ばく回避と緻密な長期的検診体制の構築を喫緊の重要課題として直ちに取り組むべきで、高線量地域への帰還施策をやめるべきです。

別表 100mSv以下の被ばくでがんリスクの有意増加を証明した調査研究

発表者

発表年

掲載誌

被ばく種類

調査方法

対象者

累積被ばく線量

がん種

結果

*有意

備考

文部科学省

2011年(6)

原子力施設(原発等)作業

前向きコホート調査

日本:

原子力施設(原発他)20万人

13.3mSv(平均10.9年累積線量)

全がん

4%増*

原子力発電施設等放射線業務従事者等に係る疫学的調査

肝がん

13%増*

肺がん

8%増*

Pearce他

2012年

Lancet(2)

医療被ばく:CT検査

後向きコホート調査

イギリス:

小児(22歳未満)約18万人

51·13 mGy

白血病

3•18倍*

1mSvあたり白血病3.6%、脳腫瘍2.3%増加(有意)

60·42 mGy

脳腫瘍

2•82倍*

Andrieu他

2006年

J Clin Oncol(3)

医療被ばく:胸部X線写真

後向きコホート調査

英仏オランダ:

BRCA変異を持つ女性1,601名

20才以前の胸部X線写真歴(0.5mSv/1枚)

乳がん

5.21倍*

 

20才以前か以後に5回以上の胸部X線写真歴

乳がん

2.69倍*

 

Pijpe他(4)

2012年

BMJ

医療被ばく:胸部X線写真・マンモグラフィー・CT等

後向きコホート調査

英仏オランダ:

BRCA変異を持つ女性1993名

14mSv

乳がん

1.90倍*

22~43mSv被ばく群では3.84倍(有意)

Eisenberg他

2011年

CMAJ(1)

医療被ばく:血管造影・CT等

後向きコホート調査

カナダ:

心筋梗塞患者82861名

10mSv毎

全がん

3%増加*

10、20,30、40mSv群で各々3,6,9,12%増加(有意)

Kendall他

2010年

Leukemia(5)

自然放射線

症例対照調査

イギリス:

小児白血病2万7千人 対照3万7千人

累積ガンマ線被ばく量が5mSvを越えて1mSv毎に

白血病

12%

増加*

 

Mathews他 2013年

BMJ(7)

医療被ばく:CT

コホート研究

オーストラリア:

68万人小児

4.5mSv毎

小児がん

20%増加

 

1.Eisenberg, M.J et al. Cancer risk related to low-dose ionizing radiation from cardiac imaging in patients after acute myocardial infarction. CMAJ. 183:430-6 ,2011.
2.Pearce MS, et al. Radiation exposure from CT scans in childhood and subsequent risk of leukaemia and brain tumours: a retrospective cohort study. Lancet. 380:499-505 ( 2012).
3.Andrieu N et al. Effect of chest X-rays on the risk of breast cancer among BRCA1/2 mutation carriers in the international BRCA1/2 carrier cohort study: a report from the EMBRACE, GENEPSO, GEO-HEBON, and IBCCS Collaborators' Group.  J Clin Oncol. ;24:3361-6 (2006) .
4.Pijpe A et al. Exposure to diagnostic radiation and risk of breast cancer among carriers of BRCA1/2 mutations: retrospective cohort study (GENE-RAD-RISK). BMJ. 345:e5660. (2012).
5.Kendall GM. et al. A record-based case-control study of natural background radiation and the incidence of childhood leukemia and other cancers in Great Britain during 1980-2006.  Leukemia.  27:3-9 (2013).
6.文部科学省委託調査報告書「原子力発電施設等放射線業務従事者等に係る疫学的調査(第Ⅳ期調査平成17年度~平成21年度)」http://www.rea.or.jp/ire/pdf/report4.pdf
注:日本の原発労働者の健康調査の全報告書はすべてダウンロード可能:
http://www.rea.or.jp/ire/houkoku
7.Mathews JD et al. Cancer risk in 680 000 people exposed to computed tomography scans in childhood or adolescence: data linkage study of 11 million Australians. BMJ.  346:f2360 (2013).


政府広報 中川准教授の講演概要(数字は本文と対応)

 

岡山 博(元仙台赤十字病院医師、元東北大学臨床教授)
小柴信子(計算生体力学研究者)
沢田昭二(名古屋大学名誉教授)
島薗 進(上智大学教授)
田代真人(ジャーナリスト)
津田敏秀(岡山大学教授)
生井兵治(元筑波大学教授)
西尾正道(北海道がんセンター名誉院長)
松崎道幸(道北勤労者医療協会旭川北医院院長)
矢ヶ﨑克馬(琉球大学名誉教授)
山田耕作(京都大学名誉教授) 

◆賛同者
石塚 健(佐野厚生総合病院内科部長)
岩佐 茂(一橋大学名誉教授)
牛山元美(さがみ生協病院医師)
大西 広(慶応大学教授)
加藤利三(京都大学名誉教授)
小出裕章(京都大学原子炉実験所助教)
小林 隆(設計技術者)
小林立雄(物性物理学・被爆二世)
崎山比早子(元放射線医学総合研究所主任研究官)
佐々木隆爾(都立大学名誉教授)
新船海三郎(文芸評論家)
曽根のぶひと(九州工業大学名誉教授)
高岡 滋(水俣・神経内科リハビリテーション協立クリニック院長)
玉田文子(玉田クリニック・神経内科医師)
中村梧朗(元岐阜大学教授・フォトジャーナリスト)
満田夏花(FoE Japan理事)
望田幸男(同志社大学名誉教授)
梁取洋夫(ジャーナリスト)
吉田傑俊(法政大学名誉教授)
(五十音順)
◆連絡先:田代真人(080-1002-4504)

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