市民と科学者の内部被曝問題研究会(略称:内部被曝問題研) Association for Citizens and Scientists Concerned about Internal Radiation Exposures (ACSIR)

内部被曝に重点を置いた放射線被曝の研究を、市民と科学者が協力しておこなうために、市民と科学者の内部被曝問題研究会を組織して活動を行うことを呼びかけます。

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大熊町・石田 仁様よりのメッセージ

石田 仁
(福島県・大熊町)

 市民と科学者の内部被曝問題研究会の第1回総会が開催されますことに、被災者の一人として、心強い期待を感じております。

 総会のご案内をいただきましたが、本日所用のため残念ながら欠席させていただきます。

 私達大熊町民は、3月11日の東日本大震災後に発生した東京電力(株)福島第一原子力発電所の原子力災害により、翌12日よりふるさとから避難し、13ヶ月が過ぎ去りました。避難先も海外から全国各地に散り、現在でも人口11000人のうち3000人以上が県外に避難しております。 仮設住宅や借り上げ住宅での先の見えない生活ですが、震災後から全国の皆様には、物心両面でのご支援をいただき、心より御礼申し上げます。

 さて、私たちは3月11日の大震災の発災後、沿岸部住民の大津波対応、その後の原子力災害対策特別措置法第10条通報(全交流電源喪失)から、15条通報(非常用炉心冷却系注水不能)、原子力緊急事態宣言、発電所より3km圏内の避難、翌日から続くいつ帰られるかわからない全町避難、発電所の水素爆発とまさに悪夢としか表現できないような体験をしております。 

 行政側としては、地震発生後、発電所が緊急停止をしたことが発電所から連絡があり、その際は安心しましたが、その後大津波の影響や送電用鉄塔の倒壊などの情報も入らず、緊急時に原子力災害に対応するはずのオフサイトセンターも機能せず、テレビの報道で断片的に情報を得ながら、津波被災者や避難所に避難した住民対応をしていました。これまで、原子力防災訓練で全電源喪失と言う想定で訓練が行われており、万一事故が起きても、十分な対応ができるものと思っていましたので、これほどの大惨事になるとは予想だにしておりませんでした。 翌日の10km圏内の避難指示の際も、ベントし原子炉に水を入れれば収まるだろうと考えておりましたので、1号機の爆発では頭が真っ白になりました。それでも、既に大部分の住民が避難を終了していましたので、住民は被曝しないで済んだという思いがありました。その後、スクリーニングで13000CPMから10万CPMに変わった時に、バックグランドが高くなり13000CPMでは測定できないと言うような話でしたが、一方で除染が間に合わないからというような話も聞きました。

 科学的根拠に基づく対応が行政側には求められていますが根拠とするICRP,BEIR,ECRRなど放射能による影響について諸説あり、政府や専門家の話す数字について疑心暗鬼になっているのも実情です。今後発生するかもしれない放射能の影響について考えますと、住民の被ばくに対する漠然とした不安にどのように対応していけば良いのかもわかりません。最近になり、3月12日午前8時頃にはオフサイトセンター近くのモニタリングポストでヨウ素が検出され、線量も上がっていたことがNHKで報道されました。その時分住民は余震が続き屋内退避も出来ず、着の身着のままで屋外で避難用のバスを待っていました、私達も住民の避難誘導にあたっていました。

 住民の生命と財産を守ることは、自治体にとって、どんなことがあろうともやらなければならないことです。しかし、精一杯対応していたとしても、あとから後から出てくるこのような事実に、私達は何をしていけばよいのだろうと自問する日々が続いております。

 また最近は、大飯原発の再稼働という話が出てきておりますが、大震災後の大きな余震が想定され,日本全国どこでも大地震が起きても不思議ないと言われている中、ましてこのような大事故の検証も済んでいない状況で、再稼働させることについて、大きな不安を覚えております。国や経済界はこのような原発被害をどのようにみてきていたのでしょうか。是非、皆さんに大熊町に住んでいただき、感想をのべていただきたいと思います。

 今後、避難から帰還にむけた除染作業が進められることと思いますが、どこまで除染しどこまで線量が下がるかもわかりませんし、その作業も、収束作業同様、事故により仕事を失った地元の住民が被ばくしながら従事することが想定されます。

 国策に協力し電力を関東圏に送り続けた原発の被害者に対して、除染や廃炉作業に従事させることはさらなる被ばくという重荷を背負わせることにもなりますので、これ以上被ばくをさせない就業機会が強く望まれます。とはいえ、私たちにも原発の危険性を知りながら「安全神話」に流されこのような事態を招いた責任もあります。

 私たちは、子供たちに3・11以前の汚染されない故郷を取り戻せるよう、また一部でも帰還できる日が一日も早く来るよう、町の復興に全身全霊を傾ける覚悟です。

 帰還まで長い年月が必要とは思いますが、私たちが安心して住める故郷を取り戻せるよう、どうか内部被ばく研究会皆様方のお力添えをお願い申し上げますとともに、内部被曝問題研究会活動が私たち市民の安全で平穏な生活に寄与されますことをご祈念申し上げます。

大熊町  石田 仁

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